【No.26 2010年5月14日】
普天間の基地移設について 公明党の対応
谷合正明です。
普天間問題について、公明党のこれまでの取り組みと今後について、私なりに考えてみました。
<基地問題の経緯>
在日米軍施設の75%が存在している沖縄。95年、米兵による少女暴行事件をきっかけに、普天間基地が日米の政治課題に。96年には普天間基地返還が日米両政府で合意。
06年には、名護市辺野古沿岸域にV字滑走路として移設することで日米両政府が合意。
沖縄県と名護市は、県外・国外がベストであるが、移設先が明示されないまま、普天間基地が固定化されるのは最悪だとして、苦渋の選択として辺野古への移設を受け入れた。
<公明党は沖縄の基地縮小を一貫して進めてきた>
沖縄の本土復帰前の昭和43年に、沖縄の米軍基地を含む全国145か所の基地を総点検し、分厚い報告書を作成した。利用されていない施設などを特定し、段階的に整理縮小すると結論した。それら施設の返還を米国に求めるよう政府に迫り、実現させた。
今回も米軍再編の中で、グアムへの海兵隊8000人移転、嘉手納基地以南のすべての基地の返還などが含まれている。
公明党は「県外・国外」が望ましいとしてきたが、日米両政府と沖縄県、名護市の四者が合意した案を尊重し、とにかく普天間基地が固定化されないようにした。
<今後について私見>
その後、鳩山総理の「最低でも県外」により、沖縄県議会も名護市議会も全会一致で県内移設に反対。沖縄の民意は「県内はNO」となった。しかし結局総理は「県内移設」を表明。徳之島は「基地拡張」になる。15年間の経過を軽視した8ヶ月間の迷走で、普天間問題は振り出しに戻りつつある。
議論の出発点は普天間の危険性除去と沖縄の負担軽減だ。政府の最終調整を踏まえながら、山口代表も沖縄知事や徳之島3町長との懇談を重ね、党内議論を深めている。民主党に任せていてもダメなのだから、時々の政権によって翻弄されることがないよう、公明党がイニシアチブや調整役を担っていくことが求められていくと考える。
(谷あい)